東京21法律事務所所属

弁護士 広津 佳子  Lawyer Keiko Hirotsu Official Site

ブログ
2017/2/19
犯罪歴のネット記事・ネット検索表示の削除 その2
 2015年11月28日のブログ「犯罪歴のネット検索表示の削除命令」にて取り上げげましたが、ご承知のとおり、2017年1月31日には、ネットの検索表示削除に関し、最高裁の決定が出されました。
 
 この最高裁決定は、①弁護士法23条の2に基づく前科照会事件最高裁判決(昭和56年4月14日判決)、②ノンフィクション逆転事件最高裁判決(平成6年2月8日判決)、③石に泳ぐ魚事件最高裁判決(平成14年9月24日判決)、④早稲田大学江沢民主席講演会名簿提出事件判決(平成15年9月12日判決)、⑤長良川事件報道事件判決(平成15年3月14日判決)を引用しています。

 ノンフィクション逆転事件判決は、アメリカの統治下にあった沖縄で発生した、米兵と日本人との間で発生した喧嘩による傷害致死事件に関し、陪審評議の結果、有罪判決を受けて服役した者をモデルとして、当時の陪審員の1人であった者がその体験に基づいて、事件発生から12年後に実名でノンフィクション作品として出版した事案です。この作品は、大宅賞を受賞する程の高い評価を受けましたが、モデルは、沖縄を離れ、東京でバスの運転手として就職し、会社にも妻にも前科を秘匿していたことから、プライバシー侵害を理由に執筆者を訴えたものでした。

 このノンフィクション逆転事件の最高裁判決は、前科等にかかわる事実を公表されない法的利益と公表が許されるべき場合とを比較衡量し、前者が優越する場合に、不法行為を構成すると判断しました。ノンフィクション逆転事件では、事件と裁判から12年余を経過していること、社会復帰と新たな生活環境を形成していた事実、さらに、地元を離れて大都会の中で無名の一市民として生活し、公的立場にある人物のようにその社会的活動に対する批判ないし評価の一資料として前科にかかわる事実の公表を受忍しなければならない場合ではないと判断し、300万円の慰謝料請求に対し、50万円の範囲で認容した1審判決及び高裁判決を支持しています。

 本年1月31日の最高裁決定も、やはり、従前の比較衡量論に従い、削除を求める事実の性質及び内容、当該URL等情報が提供されることによって伝達する範囲、当該人物が被る具体的被害の程度、社会的地位や影響力、記事の目的や意義、記事等が掲載された時の社会的状況とその後の変化、当該事実を記載する必要性などを比較考量して判断するとし、5年前の児童買春による逮捕(罰金刑に処せされている)は、まだ公共の利害に関する事項であること、そして、ネット上の検索結果は、居住する県の名称と氏名を条件とした場合の検索結果の一部で、事実が伝達される範囲はある程度限られたものであるから、当該人物に妻子がいて、一定期間犯罪を犯すことなく民間企業で稼働しているとしても、公表されない法的利益が優越することが明らかであるとはいえないとし、ネット検索表示の削除を認めなかった高裁決定を支持しました。

 2017年2月15日の報道によると、東京地方裁判所は、同日、2009年に逮捕され、2010年に執行猶予付き有罪判決が確定した男性に関し、いったんは適法に行われた報道に関する記事の掲載が、7、8年の時の経過で違法になれば、表現の自由に与える萎縮効果があること、社会の耳目を集めた事件で、今もなお公共性がある、記事を実名で掲載する必要性が失われたとは認められないと判断したそうです。サイトを運営するヤフーやブルームバークなど4社に対する訴えでした。

 これまでの下級審裁判例例は、逮捕から3年から5年を経過すると、ネットの検索表示の削除の仮処分が認められることが多かった印象です。2015年11月28日のブログ「犯罪歴のネット検索表示の削除命令」でも、4、5年経過していることは、1つの目安であると述べました。

 しかし、以上の1月31日の最高裁決定や当該最高裁決定後の東京地裁の判決を踏まえると、当該人物に関する個別事情が影響するものの、少なくとも、有罪判決や罰金刑を言い渡されている犯罪歴について、公表されない法的利益が優越するようになる“時の経過”は、逮捕時の報道から10年前後経過していることが、目安になるような気がいたします。

 最高裁決定は、従前の比較衡量論に基づいて判断しているので、私は、巷間で評価されているような、厳しい要件を課したかのような印象は持ちませんでした。ただ、最高裁決定は、下級審裁判例と比較すると、少なくとも犯罪歴については、表現の自由の保護を厚くしているようです。かかる決定の背景には、犯罪歴のネット検索表示の削除を求める裁判の申立件数が非常に増加していたことも背景にあるような印象を持ちました。
RSSアイコンRSSフィードを購読