東京21法律事務所所属

弁護士 広津 佳子  Lawyer Keiko Hirotsu Official Site

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2016/3/6
D&O保険に関する国税庁の扱いの変更
 2016年2月24日に、国税庁は、以下のような、「新たな会社役員賠償責任保険の保険料の税務上の取扱いについて(情報)」をリリースしました。
ア 会社が、①取締役会の承認及び②社外取締役が過半数の構成員である任意の委員会の同意又は社外取締役全員の同意の取得の手続きを行うことにより、新たな会社役員賠償責任保険の保険料を、会社法上適法に負担した場合には、役員に対する経済的利益の供与はないと考えられることから、役員個人に対する給与課税を行う必要はない。
イ 上記①以外の会社役員賠償責任保険の保険料を会社が負担した場合には、従前の取扱いのとおり、役員に対する経済的利益の供与があったと考えられることから、役員個人に対する給与課税を行う必要がある。

 会社役員賠償責任保険(Directors and Officers Liability Insurance、以下「D&O保険」)は、被保険者を役員等個人、保険契約者を被保険者が属する会社とし、保険期間中に被保険者が損害賠償請求を提起されたことにより、被保険者が被る損害に対して保険金を支払うものです。保険金支払の対象損害は、損害賠償金・和解金と争訟費用(弁護士費用等)です。

 平成6年1月20日付通達により、D&O保険の保険料のうち、①第三者から役員に対し損害賠償請求がなされ役員が損害賠償責任を負担する場合の危険を担保する部分の保険料と②役員勝訴の場合の争訟費用を担保する保険料(役員が適正な業務執行を行い損害賠償責任が生じない場合にその争訟費用を担保する保険料)は、いずれも役員に対する経済的利益の供与はないものとして、①と②部分を担保する基本契約(普通保険約款部分)の保険料は役員個人に対する給与課税を行う必要はないとし、③株主代表訴訟担保特約の保険料(特約保険料)を会社負担とした場合には、役員に対する経済的利益の供与があったものとして給与課税を要するとされていました。
 この国税庁の通達を受けて、多くの会社では、株主代表訴訟を補償する特約と会社による訴訟を(一部)補償する特約にあたる保険料(D&O保険料全体額の約10%)は、役員個人とし、その余は会社(保険契約者)が負担としてきました。

 上記の平成28年2月24日の取扱いの変更は、平成27年7月24日に公表された、経済産業省の「コーポレート・ガバナンス・システムの在り方に関する研究会」の報告書にて、会社が利益相反の問題を解消するための次の手続を行えば、会社が株主代表訴訟敗訴時担保部分に係る保険料を会社法上適法に負担することができるとの解釈が示されたため、経済産業省から国税庁になされた照会に応えたものでした。

 経済産業省の研究会が示した上記の解釈は、経営者の果敢な意思決定を更に後押しし、内外から社外取締役として適切な人材を確保する観点から役員の適切な責任軽減の仕組みや手続きの1つとして検討されたものです。
 D&O保険は、まさに会社の損害補填機能を有すること、そして、標準的なD&O保険は犯罪行為や法令違反を認識しながら行った行為等の悪質な行為は免責しており、カバーしているのは職務執行から生じる不可避的なリスクであるため、不適切なインセンティブが設定されることはないから、違法行為抑止の観点からも、会社が保険料の全額を負担しても問題がないと判断されたものです。
 
 D&O保険は、過去はどの保険会社のどの保険内容もほぼ同じでしたが、保険の自由化により、補償拡張特や補償免責(縮小)特約など、実に多くの特約が付され、D&O保険の免責条項のいくつかを特約で打ち消すことができるようになっているため、保険会社や保険契約により、内容がかなり異なっているようです。もっとも、役員の犯罪行為、認識しながら行った法令違反等については、特約で打ち消して補償の対象とすると公序良俗に反するため、どの保険でも免責条項のようです。

 昨年11月10日の日本経済新聞にて、東芝が旧役員5名に対して提訴した3億円の損害賠償請求訴訟に関し、D&O保険の適用外の公算である旨の報道がなされましたが、これは、D&O保険は、保険契約者または子会社からの損害賠償請求をされた場合を免責条項の1つとしていることによるものです。平成28年1月には、東芝は、金融庁の決定による73億7350万円の課徴金の支払いと過年度修正決算のための会計監査人の報酬(20億7152万6400円)も損害として請求を拡張し、現在の請求額は32億円となっています。また、東芝及び元役員は、昨年、米国預託証券等の保有者から米国カリフォルニア州で不適切会計問題にかかる集団訴訟の提起も受けています。

 不祥事のあった会社に関し、各地で株主の権利弁護団が結成され、インターネットを使って原告として株主が賛同しているようです。株主代表訴訟の提訴のリスクも高まっており、この機会に、D&O保険によってカバーされている保険内容や保険の支払限度額の見直し、社外役員のみを対象とした特約の付保などの検討も必要と思います。そんな中で、今回の国税庁の取扱いの変更は、特に社外取締役の適切な人材の確保の観点から重要と思われます。
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