東京21法律事務所所属

弁護士 広津 佳子  Lawyer Keiko Hirotsu Official Site

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2014/10/25
門田隆将氏 「慟哭の海峡」
 著者を知っているため、書店で並べられていた門田隆将氏の「慟哭の海峡」(2014年10月10日初版発行)を手にし、拝読しました。
 この著書は、太平洋戦争(大東亜戦争)時、”輸送船の墓場”と言われ、10万人を超える日本兵が犠牲になったとされるバシー海峡を12日間も漂流し、力尽きて海に消えていった仲間を見ながら、奇跡的に助かった男性(中嶋秀次氏)と、バシー海峡で亡くなった、アンパンマンの作者・やなせたかし氏の弟の2人の人生を追ったノンフィクションです。
 
 中嶋氏の12日間の漂流の状況は、壮絶な文章で描かれていました。門田氏は、92歳で中嶋氏が2013年10月に亡くなる直前まで取材を続け(中嶋氏が亡くなる5日前に門田氏宛に書いた手紙の写真も掲載されています)、戦後、仲間の慰霊のために、中嶋氏が台湾で潮音寺の設立に尽力した様子も書き記しています。
 台湾では、外国人が土地を所有することは認められていなかったため、名義上は地主のままでしたが、中嶋氏は覚書を交わし、土地代金も支払い、その土地(農地)の上に潮音寺を設立しました。ところが、当該地主が亡くなり、土地は1人息子に相続された後、事情を知っているにもかかわらず息子がこの土地を第三者に売却してしまいました。買主が民宿を建てたいと言い、潮音寺の取り壊しを要求してきたのです。地元でこの潮音寺を管理していた人物が、裁判に訴えました。私が、この著書の中で最も感銘を受けたのは、この裁判の様子でした。
 台湾の裁判官は、91歳の中嶋氏を日本の静岡から証人として出廷を求め、潮音寺の視察と潮音寺での出張尋問を実施しました。中嶋氏は、裁判官から、最後に言いたいことはないかと聞かれたとき、「私の人生は、もうすぐ終わります」と話し、自分が証言したことに噓はない、「戦友たちの慰霊のために何かやってあげたかった私の気持ちに”偽りはない”」、「そのことをどうか信じて欲しい」と答え、1時間に及ぶ証言で体力も尽き、ぐったりとして頭を垂れたそうです。
こうして、尋問は終わりましたが、終わりの際に、裁判官がふと言葉を呟いたそうです。
           「『私には良心がある』」
 訴訟の提起者(原告)は、この裁判官の言葉を聞いて、中嶋氏の証言が裁判官の胸に響いた、勝訴を確信したとのことでした。実際、裁判は勝訴し、控訴されるも、2013年6月に、買主が原告に土地を売り、解決したとのことでした。

 私は、通勤途中の電車の中で読んでいたのですが、この台湾の裁判官の「私には良心がある」という部分を目にしたとき感動し、思わず、涙が頬を伝いました。国籍を問わず、真摯な思いは、相手に通じるのです。心根が大切なのだと思います。日頃、訴訟を担当する者として、改めて意識をいたしました。

 著者の門田氏に、以上の私の感想を伝えたら、やはり、門田氏も同じ箇所に感銘を受けたそうです。確実な取材力、文章力に裏打ちされた門田氏の著書には、今後も期待をしています。
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