東京21法律事務所所属

弁護士 広津 佳子  Lawyer Keiko Hirotsu Official Site

ブログ
2016/10/23
後妻業
劇場公開中の「後妻業の女」は、黒川博行氏の著書「後妻業」を原作にした映画です。2014年11月に逮捕され、婚姻関係又は内縁関係にあった夫に対する3件の殺人と1件の強盗殺人で起訴された筧千佐子氏のニュースが話題になった頃、黒川博行氏のこの著書がクローズアップされたことがありました。ネットの情報によると、筧千佐子氏は、本年10月、京都地裁が実施した精神鑑定で、刑事責任能力や訴訟能力は問題ないとされたそうです。最初の起訴(公判請求)から2年近く経過し、精神鑑定の結果も出たことで、そろそろ公判前整理手続きを終結して、今後、裁判員裁判の準備が進められると思います。

 私は、この映画「後妻業の女」を観賞いたしましたが、相続案件を扱っている弁護士が見ると、どうしても、突っ込みを入れたくなる箇所が多々ありました。脳梗塞の治療中の患者に、銀行の担当者が病院まで出向いて、「預金全額を払い戻していいですか」と聞きに行くことはあり得ませんし、聞いたら、うわごとのように患者本人が「うーん」と言ったことから、妻の払い戻しに応じることなどもあり得ません。
 また、筧千佐子氏のケースのように、殺された夫の解剖や血液鑑定により、致死量を超える青酸や猛毒のシアン化合物が検出されればともかく、映画のように、殺人の証拠がないケースで、いくら、後妻業の女の夫又は内縁の夫が次々と亡くなっている事実が分かったとしても、裁判所が妻(又は内縁の妻)に全財産を相続させる又は遺贈する旨の公正証書遺言が公序良俗に反し無効であると判断するかというと、そう簡単ではないはずです。刑事事件にもなっていない事案で、民事の裁判所が殺人であると事実認定できるだけの証拠があるとは思えません。殺された夫の子が、後妻業の女小夜子(大竹しのぶ氏)に、「裁判する!」と訴えても、遺言書の内容が被相続人の意思に反しているとの立証も困難であるため、後妻業の女小夜子が言ったように、「知るか。勝手にしろ」で終わってしまうのが普通であると思います。結婚相談所所長(豊川悦司氏)が、非常にびびっている様子に、違和感を持ちました。

 ちなみに、東京地裁平成22年2月4日判決は、被相続人(平成19年に死亡、妻は昭和58年に死去)が配偶者のいる女性(スナックのママ)と平成4年頃より同棲し、当該女性に全財産を遺贈した事案では、受贈側に配偶者がいるにすぎない場合には、被相続人と受贈者との関係が不倫関係であるからといって、そのこと自体によって子などの法定相続人の利益が直接侵害される関係になく、受贈者に配偶者がいるかどうかは無関係だから、本件遺言の内容が公序良俗違反となるいことはないと判断しました。
 また、スナックのママが財産目当てで被相続人に近付いて、被相続人の不安な心理状態に付け込んで本件遺言を作成させたという相続人(子)の主張に対しても、上記の東京地裁は、仮にそのような事実があるとしても、そのことによって本件遺言の内容が公序良俗違反となるものではないと判断しています。

 もっとも、違和感だけではなく、なるほどと思った箇所もありました。映画の後妻業の女小夜子は、最後は入籍しないで内縁の妻として、公正証書遺言で全財産の遺贈を受けていましたが(但し、映画のストーリーでは、仏壇の引き出しから出てきた、自筆の第2遺言が子にも相続させていた)、映画では、その直前の夫の遺産である土地が後妻業の女小夜子の名義であることから、次の男性とは入籍しなかったという説明がなされていました。ストーリーから、私は、上物の建物は、被相続人の子の夫が単独又は被相続人とともに建築したと理解しました。
 この説明に関しては、私は、将来、土地の売買等の際に印鑑証明書、実印の押印が必要で、前の夫の死去からさほどの時間が経過していないのに、次の夫との婚姻により名前が変わると前の夫の家族から不信に思われるからだと理解し、なるほどと思いました。
 ちなみに、被相続人である夫を殺害したことが分かれば、相続人の欠格事由(民法891条)に該当しますが、受遺者にもこの規定が準用されています(民法965条)。したがって、後妻業の女小夜子としては、不信に思われること自体がマイナスなのだと理解しました。

 残念ながら、周囲に聞くと、「シン・ゴジラ」と「君の名は」は見たという方に出会うことはあっても、「後妻業の女」を見たという方に出会うことがなく、感想を聞くことができなかったのですが、一緒に見ていた夫からは、「君を妻に選んでよかった。料理が血と汗で塩辛くなったりするだけだし、尻に敷かれるだけですむから」と言われました(笑)。
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