東京21法律事務所所属

弁護士 広津 佳子  Lawyer Keiko Hirotsu Official Site

ブログ
2015/12/19
江戸時代のビジネスウーマン
 朝の連続テレビ小説「あさが来た」は、大同生命と日本女子大学創立者の広岡浅子氏をモデルとしたドラマです。私は、昼間の12時45分からの再放送を昼食を摂りながら、このドラマを事務職員と見ています。

 このドラマの主人公のあささんは、生き生きとされていますが、江戸時代には、実は数々のビジネスウーマンがおられたという話を聞く機会があり、女性も活躍していたことを知りました。例えば、広岡浅子氏の他、父親の野中兼山が晩年罪人扱いとなり、野中家の男子が途絶えるまで4歳から40歳代まで幽閉されていた日本で初の女医と言われる野中婉氏、松坂屋(正確には「いとう呉服店」と思います)10代目で名古屋で大赤字の時期に、思い切って上野の松坂屋を買収して、江戸(東京の銀座)に進出をした松坂屋江戸進出の立役者の伊藤宇多氏、同志社大学の創立者の新島八重氏、長崎の貿易商の大浦慶氏、天璋院篤姫らです。これらのビジネスウーマンは、ご家族のご協力があり、またご自身も結果を出して、社会もその結果(成果)を評価して受け入れていたものと思います。江戸時代の江戸では、”女将さん”を表に立て、その信用を活用して(女将さんは、吉原で遊ばないので散財しないから、低金利で借り入れることができた!)、うまく事業を経営する知恵もあったようです。
   
 江戸時代は、地方から男性(次男や三男ら)が出稼ぎに出てきていたという事情もあり、男性が7、女性が3の割合で、離婚率も低くなく、女性の再婚率も高かったようで、女性は、今の時代より活動的だったのかもしれません。

 12月16日には、最高裁判所は、夫婦同姓を定めた民法の定めは合憲であるとの判断をしましたが、明治の初期に氏を名乗ることが認められた際には別姓も可で、むしろ、別姓が普通だったようです。最高裁判所の判事の中には、違憲という意見を述べ、あるいは補足的に民主主義のプロセスの中で合理的な仕組みを幅広く検討することがふさわしいという意見を述べた方もおられました。夫婦別姓は子どもが名乗る氏の問題でもあるので、この最高裁判所の判決をきっかけとして、再び議論がなされていくものと思いますが、少なくとも、仮に婚姻に伴う氏の変更が女性の活躍を妨げる事情になっているのであれば、かかる状況はすみやかに除去する努力が必要であると思います。

 「男性が極端に多い江戸時代の江戸に生まれなくてよかった!江戸時代だったら結婚どころか交際すらできなかった。」と、しみじみと横で語る夫に感謝し(笑)、私は自分を信じて努力を続けたいと思います。 
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